|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
雨森芳洲(1668~1755)は、対馬藩で対朝鮮外交を長く担当した儒者として、また朝鮮語、中国語に通じた語学者として名を知られていました。日本人の海外渡航が厳しく制限されていた時代に、芳洲は唯一の常設在外公館であった釜山の倭館に再三滞在し、朝鮮の人々の生活に親しく接し、朝鮮語を学び、朝鮮語教科書「交隣須知(こうりんすち)」を編纂、明治時代に至るまで朝鮮語教科書として使用され続けました。
また、対馬藩の朝鮮方として、朝鮮との外交折衝を行い、両国の慣習、法制、文化の相違からくるもめごとに、常に身をさらしていました。芳洲の外交思想は、朝鮮との平等、対等の関係を前提としたもので、相互の主権を尊重し、その平等を原則とするという近代的な国際関係の基本にも通じる外交方針を「交隣提醒(こうりんていせい)」という著書にまとめています。 |
|
|
|